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金がないわけではない

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 思えばいろんな場面で「お金がない」と言っていた。無職のときはもちろんのこと定期収入を得た今となってもよく件のフレーズは頭のなかに浮かぶ。なにかの欲があり、なおかつそれを実現するための資金がないときに思い浮かんでいた。先日のクアラルンプールにいったときもドリアンを買うか買わないかのときに「高すぎる。お金がない。」などと言っていたと思う。先月、沢木耕太郎の『深夜特急2』を読んだ。そこに沢木耕太郎は宿泊したホテルのボーイに娼婦を提案されて、高すぎるという理由で断っていた。それに対しボーイは飛行機でここまできて仕事もせずに旅行しているお前が金を持っていないわけないだろうと反論している。実際にお金がないと言っても別に財布の中にいくばくのお金はあるし、口座の中にもある。お金がない。ゼロなのかと問われればそれはFalseだ。じゃあ欲望を実現するためのお金がない?人間の欲望に際限がないことなんてもう小学生でも知ってる。

 お金がないは間違っていてより正確に言うならそれは優先順位が低い。1ヶ月のうち20何日かを費やして勤労して得た収入。精神を摩耗させて得た収入。それに保険や税金を徴収されて目減りされ、生きて行くために必要な衣食住を使い、そして最後に残った自由に使えるこれだけのお金をどう使うか。その貴重なリソースを自分の幸福度が最大化できるように投下していくのを考えたときに、その選択肢は”優先順位が低い”。僕は昼ごはんを自作して外で食べてる。別に昼ごはんを買って食べる金はある。だけど、それをする優先順位は低い。

 お金がないと断ってばかりだとあいつはお金がないからと思われる。お金がかかっても優先順位が高いものがきたときに対応できなくなる。お金がないと断り続けると自己洗脳で自分はお金がないと思い込むようになる。それはなんだかもったいない。なにか誘われたらそれは優先順位が低いと言おう。軋轢を積極的に生むスタイル。禍根を残すスタンス。明日ひま?と聞かれてひまだと答えてた後にくだらない提案されたら断ろう。優先順位が低いのならば仕方ない。時間の優先順位がなにもしないよりも低い。しょうがない。

 

深夜特急〈2〉マレー半島・シンガポール (新潮文庫)

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