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関係の寿命

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2008年ごろにkotorikotorikoさんがフリーダムSNSというところで「人間関係にも寿命がある」ということを言ってた。当時は悲しいことを言うなあと思っていたけど約30年も生きていれば当時盛り上がってたのにもうまったく合わなくなったり会わなくなったりしたコミュニティや人間関係はたくさんでてくる。そういうものを考える度にやはり人間関係にも寿命があるんだなと思った。その寿命はもちろん人の天寿がどれくらいなのかわからないのと同じようにどれくらいのものなのかわからない。だけど、有限であり、なおかつそれは普通人の寿命より短いことの方が多いのだから、一回一回の関係を大事にしたいなと思った。まぁそんなこと改めて言わなくても”一期一会”という4文字でこの話しは終わるんだけどね。

関係が継続するかどうかはそれ以前の行動に依存すると思う。口では「また飲みましょう。」といって別れても、次の誘いがなかったり、誘いを何回も理由をつけて断ってるうちに疎遠になってそのまま途切れてしまう。それは相手にもう1度会いたいと思わせることができなかったからだ。別になんでもかんでも自責というわけではなく運だとかそういうのもあるだろうけど、自分でコントロールできる範囲の話しでいえばそこに落ち着く。”人は自分の魅力でしか相手を縛ることができない”ってまた別の人がいっていた。だから、なにか関係が持てたときは前回の自分の振る舞いを褒めてあげたくなる。まぁ利害関係があって相手側にいろんな思惑があったり外的な要因があることも当然あるんだけども。世の中には楽しいことが溢れてるから、それに勝たないと相手の時間は奪えない。もし僕がスプラトゥーンを手に入れたら、友達の誘いを断ってスプラトゥーンをやってるかもしれない。どちらがイカしてるかの勝負。

人間関係を複数で考えるとコミュニティになる。対人関係の複合体だと考えればコミュニティにももちろん寿命があると思える。”いつメン”はいつまでも続かない。対人関係と別だなと感じるところがひとつあって、それはずっと同じメンバーだと個対個での人間関係よりはやく瓦解するような気がする。これは経験則で感覚的な話なので僕だけの話しなのかもしれないけども。チーム論とかコミュニティ運営の話なんてたぶんたくさん語られてると思うけど、ひとつ言うとすれば”留まる水は濁る”ということかなと思ってる。新規参入がないところはそうでないところに比べてはやく瓦解するだろう。だから、僕が今楽しんでる集団にもそれがなくなってしまう前になにか新しい風を入れて長持ちさせたいなと思う。

要するに一期一会だからエンジョイナウってことだけですね。