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ボードゲームをやればなぜ幸福なのか

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最近ボードゲームにハマってる。トランプやマジックザギャザリングなどを子供のときよくやってたので素養はあったのかもしれない。だけど、高校大学と合宿などでたまにトランプをやる程度で離れてた。社会人になってからバンドの友達とちょくちょくボードゲームをやるようになったけど、自分で買うほどではなかった。去年の秋に友達に誘われて初めてゲームマーケットにいった。そこで初めて自分でボードゲームを買った。それからたまにそういう会合があれば参加するようになった。そして、最近では自分で企画するほどまでになった。何回引用するんだって思われるかもしれないけど、『「幸福をお金で買う」5つの授業』を元にボードゲームがどう幸福なのか考えてみた。

 

「幸せをお金で買う」5つの授業 (中経出版)

「幸せをお金で買う」5つの授業 (中経出版)

 

 

物質より経験にお金を使う

まず、始めの第一章で物質より経験にお金を払うのがいいと言っている。これの理由はいくつかある。物質は常に眼前に実在するものなので、その時々においてその物質に対する評価をしてしまう。例えば最初はテンション高く買った服なのに、しばらく時間が経つうちに冷静になってあまりよくないのではないかと思い、ついには見るのも嫌になってしまう。一方、経験はその時一点においてのみ存在するので現在と比較できない。さらには僕らは過去を美化する傾向にあるのでより良く思える。第二に物質は他の物質との比較が容易だが、経験は他の経験と比較が難しい。最新スペックのガジェットを買ったけど、後継機が出ると途端に満足度が下がるような感じだ。経験はシチュエーションが千差万別であり比較をすることが困難なためそういうことが起こりにくい。
また払ったお金に対して最大の喜びを得られるのは、次の4つに当てはまる場合だ。
1.社会的な繋がりがうまれる経験
2.思い出話になりそうな経験
3.自らが望む理想の自分像に結びつく経験
4.めったにないチャンスを与えてくれる経験
ボードゲームはネット回線を繋げてのものではなく実際に対面してのオフラインゲームなので社会的な繋がりがうまれる経験だ。場合によるけれど、人狼などある程度の人数が必要な場合は友達の友達を呼ぶことが多く、社会的な繋がりは増えていく。そして、ゲームを通しての共同作業などでもあるので出会いの機会としてもうってつけだ。楽しいゲームは思い出話にもなるし、ゲームルールの前では誰もがフラッとだ。これまでの自分をリセットしてなりたい自分にセットできる経験になる。一度、僕だけ無職で他が全員公認会計士という場に出くわした。社会一般では完全に負けてたけど、ゲーム上はフラットでむしろ勝った。めったにないチャンスを得られるかどうかはどんなチャンスかに依るけれど、人との出会いによるチャンスが生まれることは大いに有り得そうだ。

ご褒美にする

どんなに価値のあるものでもいつでも手に入り、何度も繰り返してしまうと弊害がでてくる。まず、最初に感じたインパクトは弱くなっていってしまう。つぎに、小さな喜びに鈍感になる。最後に、その経験自体が幸せのハードルをあげてしまう。例えば、最初は国内旅行を楽しんでいたのに、海外旅行に行きまくってからは国内旅行を楽しめなくなるようなことだ。本当に大切なものは失って初めて気づくとJ-POPが言ってた。

じゃあどうするか。結論は距離を置くことによって新鮮味を取り戻せる。恋人に距離を置こうと言われるとほぼ別れようと同義だけど、それ以外のことではこの方法は冴えた方法だ。ボードゲームではどうだろうか。僕はボードゲームが好きでたくさんやりたい。だけども、ボードゲームは実際に人と会いそこで行うという性質上予め開催を制限されている。みんな忙しいんだ。いつもボードゲームをやるときに人集めに苦労するのだけど、そのためによりボードゲームは楽しくなっていっている。

時間を買う

この章は時間への意識の仕方についてレクチャーしている。「時間が十分でなく自分の人生はあわただしすぎると考えている人は自分の仕事に満足しておらず、人生全体にもあまり満足していない傾向がある。」だとか「物質的な豊かさによってあまり多くの幸福がもたらされないのは、その豊かさを手に入れるために自由な時間を犠牲にしてしまっていることも要員」だとか「わずかな時間でも、他人のために時間を費やすと人々は自分の生活により多くの時間があると感じ、心に余裕が生まれてくる」だとかそういう内容だ。ここらへんはあまりボードゲームに関係ないのだけど、時間を使ってお金を稼ぐのではなく、その時間の中でもっと幸せを感じるためにはどうすればよいかということにフォーカスをあてようという提案がある。これはお金をボードゲームに投下して楽しい経験にフォーカスをあてることを肯定していると思う。

先に支払って、あとで消費する

クレジットカードの逆だ。支払った金額から最大の幸福が得られるのは、次の3つのケース。
1.支払ったものに対して期待がふくらむような要素を見つけられる機会が提供される場合
2.支払ったものに対して、よだれがでるほど楽しみになり、実際に消費した際に喜びが増す場合
3.消費する経験自体はかなり短時間に終わってしまう場合
これはまさにボードゲームの喜びの理由の説明になっていると思う。僕はボードゲーム自体を買ったとき、これをプレイするときのことを考えてとてもワクワクする。そして、実際やって楽しい。会自体は長くても半日ほどなど短時間で終わってしまう。本書では消費を先送りにすれば楽しみが増すにもかかわらず、それがなかなかできないのは「現在の威力」が強烈で、先送りによる楽しみを小さく見せてしまうからだと説明しているが既に述べたようにボードゲームを消費することは人が必要な性質上はじめから制限されているので先に支払って後から消費せざるを得ない。そして、実際にやるのは日程調整できる1ヶ月先などある程度未来となる。それまでの時間を楽しみに待ち、当日を楽しみ、その比較できない経験を美化しながらいい思い出にしていくのだ。

他人に投資する

他人への善行は自分を幸せにする。情けは人の為ならず。寄付をすると脳の報酬を司る部位が反応して満足度が高くなる。寄付先は自発的に選び、インパクトがあり、自分とつながりがもてるとさらに満足度があがる。もう説明するまでもないと思うが、これはボードゲームにも当てはまりまくる。基本的にボードゲームは誰かの所持品だ。そのゲームを買った人の好意でみんなが遊べる。それは寄付に通ずるものがある。”自発的に”みんなでやったら楽しそうなゲームを選び、自分と他のプレイヤーが”つながりがもてる”。ゲームの種類にもよるけれど、そこにインパクトが持てればさらに楽しくてワッショイ状態になりそうだ。たまに研修などでボードゲームが利用されるときもあるが、その場合は社会におけるインパクト(社員教育・能力向上)も合わさるのでさらに主催者は楽しめそうだと推測できる。例えば、僕が主催したボードゲームで出会った男女が付き合うようになったりしたら、そういうプラスの影響を及ぼせたということで主催の僕はとても悔しい

まとめ

以上に述べてきたように科学的にもボードゲームは楽しい。みんなやろう。自分の楽しさの面から『お金で幸せを買う5つの授業』の内容を使っていろいろと話したけど、実際能力も向上しそうに思う。ルールの解釈をする頭もいるし、説明する側では理解しやすいように説明する力がいる。初対面の他人と協力する必要もあるし、心理戦もあり、論理的な話しをしないといけない。プレゼン力も求められるし嘘をばれないようにつくことも非常に多い。非常に多岐にわたる力を楽しめながら身につけられるとなるともう逆になんでやらないのかわからないな。みんなやろう。

 

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