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小屋暮らしに憧れなくなった

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仕事に疲れていたときは小屋暮らしに憧れた。Bライフの開拓者、寝太郎先生のブログだとかいけしかさんのブログだとかそういったものをよくみてた。寝太郎さんの著書もいくつか読んでた。働きたくなかったから支出を減らしたらあまり働かなくなくて済むと考えてた。支出の大きい部分を占める家賃をなんとかしたらあまり働かなくていいと思った。これからの人口減少時代にむけて、各地で空き家問題が議論される中で、自分で床張りの技術を身につけられたら、廃屋のような家を格安で手に入れて手入れして格安で住めるんじゃないかと床張り修行をしたこともあった。実際和歌山にいって田舎生活のさわりくらいを数日体験したりした。

だけど、いまはあまり小屋暮らしに憧れなくなった。その理由は単純なもので、小屋を手に入れてしまったらそこの場所に縛られてしまうと思ったからだ。実際、寝太郎先生も小屋を手に入れたのに川沿いに土地を買ってテント生活したりタイあたりでふらふらしたりしていた。これからの未来が広がりまくっているのに、どこかある1ヶ所に居を構えるというのは柔軟性が失われすぎてしまうきがしている。別に絶対そこに住み続けないといけないというわけではないということはわかってるのだけど、”今”使わないものであればそれは別の”今”必要としている人が使うべきでストックしておくべきではないかなと思ってしまう。持ち家がいいとか賃貸がいいとかいう議論は本当にずっとされていることだと思うけども、僕のいまの状態と価値観であれば賃貸でいい。

話は少し変わるのだけど、日本でこれだけ持ち家信仰が強いのに核家族化が進行しているのだから、きっと子供が独り立ちしたとかいろんな事情で家に余ってる部屋というのはたくさんあると思う。だからもっとAirbnbとか部屋を旅行者に貸し出すサービスとかシェアハウスというのが広めていけばいいのにな。年金少ないだろうし!

大前研一がこんなこと言っていた。っていうのをちきりんから聞いた。

人間が変わる方法は3つしかない。1番目は時間配分を変える。2番目は住む場所を変える。3番目はつきあう人を変える。この3つの要素でしか人間は変わらない。最も無意味なのは『決意を新たにする』ことだ。

 出典はちゃんと調べてないので不明なんだけど、大前研一botが言ってたから大前研一が言っていたのだろう。知らんけど。住む場所を変えると人間は変われるらしい。不動産を持ってしまうとこの選択肢を選びにくくなってしまう。気軽に転職して都度会社の近くに住むような、タクシーで引っ越しできるような、それくらいの柔軟さを維持したい。だから、いまは小屋暮らしに憧れていない。

  

Bライフ―10万円で家を建てて生活する

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---追記---

これを書いたときは無職で精神の余裕ができたときだった。きっと小屋暮らしの検索キーワードでやってくる人はかつての僕がそうであったように大変な状況にあると思う。救いを求めての検索だったかもしれない。
phaさんが『持たない幸福論』の中でいいことを言っていた。

「もうだめだ」と「もうちょっとだけ頑張ろう」の繰り返し - phaの日記

大変なときは休んだらいいと思う。そしてしばらくしたらこの記事みたいにまたマッチョな考えになったりするから。僕は無事いま再雇用されました。新しいところで頑張っています。
もちろんもうダメだとなったら休みます。