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僕は貧困なのか

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ちょっと恥ずかしいので、ここだけの話にしておいて欲しいのだけど、僕は無職です。じゃあ、無職で収入がないからお金なくて僕は貧困なんですか?ということになるのだけど、あまり僕は貧困だとは思っていない。

 

好きな言葉

中学生か高校生かくらいからインターネットというものに出会った。それからいままで大量の情報を得てきた。本当に玉石混淆ではあるなとは思うけども、そういう情報のシャワーを浴びまくった中でその時々で想起される言葉がある。それでいま無職の僕がよく思う言葉で好きな言葉があるんだけど、それは以下の言葉だ。

貧困とは何か。

持たざることでは、ない。

与えざることなのだ。

与えるものが何もないと、思い込むことなのだ。

http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51206438.html

 2009年の記事なので6年前か。読んだ当時もいいこと言うな〜と思ってたけど、実際自分が無職になってお金がなくなって改めて思い出された。僕はお金なんてもうあんまりないんだけど、だからって貧困にはなりたくないのでできるだけ与えたいなと思ってる。

 

こんなことしました。

・募金した

まぁそうはいってもお金をあげるのが実際手っ取り早いのでお金をあげてることもある。例えばWikipediaに毎年募金してる。Wikipediaを見たらジミー・ウェールズだっけ?からのメッセージがありますとかで独立性保つために運営資金を募金欲しいという。僕はよく利用させてもらったので募金することにした。そしたら、その季節になるとメールで募金くれとくるようになったので送ってる。話し変わるけど、住信SBIネット銀行が振込手数料月に3回くらい無料なのでクールです。

 

・広告踏んだ

お金はなくてもネット上で有益な記事などがあればそのアフィリエイトからAmazonでなんか買ったり、GoogleAdSenseの広告を踏んだりしてる。お陰で僕のyoutubeのTOPにはあなたにオススメ!とか言われてたくさんのyoutuberの動画が表示されるようになった。名誉の負傷。

 

・バイクをあげた

このブログの最初の日記はいきなり挨拶もなくバイクツーリング日記の途中から始まるというわけのわからない始まり方をしてるのだけど、このバイクも人にあげた。バイクに乗るのは楽しかったのだけど、移動するためのバイクなのにバイクを所持することによって引っ越し的な意味で移動性は落ちるというおかしな自体に多少悩んでもいたし、いまの家に引っ越してしばらく乗らないこととなったので人にあげることにした。もしかしたら、また乗るようになるかもしれないというのはもちろんあるのだけど、未来の不確かなもののためにずっとストックしておくよりはいま必要としてくれてる人のところに渡した方がいいよねと思ってあげた。別に売ってもよかったのだけど、知ってる人の方がバイクの定まった価値(値札)以上に僕から譲ってもらったという物語の価値がつくから結果的にそっちの方がいいかなと思った。友人からお金をとってもよかったけど、相場とか調べるのがしゃらくせえって感じだったし、多少のお金もらうよりもポンと渡した方がクールだったのでそうした。大阪まで配達したのでせめて交通費くらいと言われたのでもらったけど。それも、相手からお金の入った封筒を複数用意しててどれだけの金額になるか運によるという趣深い方法がとられてて相手もクールだなと思った。

 

・誕生日プレゼントをあげた

インターネット上でよく遊んでるお友達がAmazonの欲しいものリストを公開してて、さらに誕生日だということだったんで本を送った。送ったのは下記の本。

僕らの時代のライフデザイン 自分でつくる自由でしなやかな働き方・暮らし方

僕らの時代のライフデザイン 自分でつくる自由でしなやかな働き方・暮らし方

 

僕は千代田区の図書館でこの本を読んだ。親の時代のような生き方に限界が来ている中、個人個人で自分の生き方をデザインしてる人が増えている。そんな人たちの事例をまとめた本でなかなか面白かった。遠回しに送った友達に会社をやめようよというメッセージを送ったつもり。下は受け取った反応の記事。

まぁ僕がこういうことをするようになったのはこの前の僕自身の誕生日に同様に欲しいものリストを公開していたら同じようにインターネット上のお友達が僕にamazonギフト券をくれて感激したからってのもある。改めてありがとう。もちろんリアル友達もありがとう。

また、この前はシェアメイトの誕生日でもあったから、いつも僕の拙い英語の会話相手をしてくれる感謝の気持ちもこめてレトルトカレーセットをあげた。彼女はいつもカレーを食べてるので喜んでくれた。

 

・その他いろいろと

ひとつずつ挙げていくと大変なことにようやく気づいた。他にも細かいことはたくさんある。ゴミ出しのときに重そうだから持ってあげたとか、お菓子食べてるときに会ったから一緒に食べたとかどうでもいいくらいのことでいいと思う。さっきからこういうことがあったからお返しにこういうことしたと書いてしまったけど、やってる最中はあまりそんなこと考えてなくてだいたい後付けだ。

 

・無職は無職のバリューを発揮できる(蛇足)

だいたいバイクは除外しておいて僕がやってることなんてせいぜい1000円かそこらのことで大したことではないのだけど、僕は無職なので可処分所得からの贈答費割合を出すとすごいことになる。高所得者が宝石をプレゼントするよりも僕がペヤングあげた方がすごい。Excelだと"#VALUE!"を返すレベル。この記事でいいたいことは金銭以外でも与えることはできるんだよということなので金銭に囚われてるこの項目は完全に蛇足です。無職のバリューって言いたかっただけです。ごめんなさい。

 

金銭的、非金銭的な交流が生まれるとどうなるのか

ところで、湯浅誠という人がいます。年越し派遣村の村長で一時期よくニュースになってたので僕はそのときに知りました。その人の『反貧困』という本の中に「貧困というのは単にお金がないことではなくて、お金・人間関係・精神的余裕などのさまざまな有形無形の”溜め”を持っていない状態のことだ」と書かれている。 

反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書)

反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書)

 

やはりここでも貧困というのはお金だけのものではないと言われている。冒頭でいったようにお金以外のものでも与えられるものはたくさんあるのだからいろいろと他人と交流して”与える者” になったら人間関係の溜めを持っている湯浅さんのいう”貧困”ではなくなる。与えてるはずなのに関係を持ててリッチになるというね。実際だいたいgiveしたらtakeさせてくれる人が多いからいい循環が生まれると思う。

 

1人でできなくて全然かまわない

坂爪圭吾という人がいてその人がブログで「他人に迷惑をかけてはいけないというのは偽りであり、どれだけ楽しく迷惑をかけられるかの勝負」と言っている。

「他人に迷惑をかけてはいけない」というのは大嘘で、どれだけ楽しく迷惑をかけられるかの勝負だ。 - いばや通信

なにかしてあげようか?と言われたときや困ってるときに助けを求めるときに遠慮してしまうときはせっかくの関係性をつくる機会を損失してしまっている。笑顔でお願いしますといったほうがいい。

この前、友達と飲みにいったときに飲み代を払ってもらった。僕は偏屈な人間なのでなかなか難しいのだけどぎこちない笑顔でありがとうと言えたとは思う。だけど、この友達は就職浪人してて無職だったときがあった。そのときに飲んだときは働いてた僕が飲み代を払った。今日も男友達と新宿にいた。彼は傘を持っていなかったし、あの有名な歌舞伎町を歩きたいとのことだったので、雨の中あいあい傘をして歌舞伎町を歩いて、2人とも結局濡れたりした。あとクレープをおごってもらった。だけど、一昨年くらいは彼はまだ学生だったので一緒にご飯を食べたときに当時働いてた僕が払ったりした。なにが言いたいかというと時と場所によって与える与えられるというのは全然変わっていくのですべてを気持ちよく受け入れるのが一番幸せなのではないかなと思う。

 

僕は貧困なのか

僕の銀行口座に金はないけど周りの人たちのお陰で貧困を免れています。金銭以外でなにか与えられるものがあればやっていこうと思うので今後ともどうぞよろしくお願いします。これからも人と関わっていろんなものを流れ(フロー)させていきたいと思います。ストックなんてもう時代遅れ。 とか書いてたら、ワイン飲むけど一緒に飲みます?と誘われたのでいってきます。